思いがけない喝采!
途中、一回だけミスタッチをしたが、気持ちよく「世界に一つだけの花」を弾き終える。
一瞬の沈黙のあと、それほど大きくない店内は割れんばかりの拍手と喝采につつまれた。
「ピアノ弾けるって、はじめて知ったよ!」
「すごい格好良かったよ!」
投げかけられる仲間からの言葉が嬉しかった。
人生で初めて、人前でピアノを演奏した私は、誇らしい気持ちと恥ずかしい気持ちがごっちゃになった、変な高揚感でいっぱいだった。
それでも、喜んで握手を求める友人たちの顔をみていると、注ぎたてのビールが、よく冷えたジョッキのふちに徐々に盛り上がっていくように、ゆったりとした充実感と達成感に全身が満たされていくのを感じずにいられなかった。
ずっとあこがれていたピアノ
思いたってピアノを始めたのは三ヶ月前のことだった。
それまで、ずっとピアノが気になっていた。いや、あこがれていたのだと思う。
だから、長女にピアノを習わせることになったときには、一緒になって電子ピアノ選びについて歩いた。それまで、横目で見ながら通り過ぎるだけだった楽器屋さんに、堂々と入れた嬉しさを今でも思い出すことができる。
それからしばらく経って、我が家では、弾かれることが少なくなっていたピアノを、私はいつも気にしていた。
そして、ランニング仲間が集まり、毎回レースの打ち上げに利用されるこの店に、ひっそりと置かれているピアノの存在もずっと前から気になっていたのだ。
年がばれてしまいそうだが、私の中高生時代は海外ミュージシャンによるミュージックビデオの黎明期だった。
そう、マイケルジャクソンが「スリラー」を発表して、ヴァン・ヘイレンが「Jump」でギターを弾きまくった時代だ。
それでも、私は鍵盤楽器が好きだった。
当時のお気に入りは、ハワードジョーンズだった・・、懐かしい。
ピアノレッスンはハードルが高い
さて、できない理由を数え上げてもしょうがないことだけれど、大人にとっての“ピアノ教室でレッスン”というのは、むちゃくちゃハードルが高い。
まず、ピアノ教室に通うのが、とても恥ずかしい。
「なんでいい年をした大人がピアノなんか習いに来たのだろう?」
「楽譜とか、当然、読めるんだろうね?」
こんなこと、ピアノ教室の先生は、いちいち思ったりしないだろうけど、受付の人や、教室に入っていく姿をみた人は考えるかもしれない・・・、あらぬ想像を膨らませてしまうものだ。
もう、これは慣れる以外ないのだろうと思っていた。
次に、じつは頻繁にレッスンに通えないかもしれないという現実。
勤めている会社は勤務時間が無駄に長いうえに、突発的な残業も発生する。レッスンの予約をとっていても予定通りに通えるとは限らない。
また、休日は、家族サービスに費やされることがほとんどなので、自分だけの時間を捻出することは意外に難しい。
他には、恥ずかしい話しだが、金銭的な余裕がないということ。
もっと正確にいうとすると、ピアノ教室のレッスン代を払うことはできる。けれども、家人に「なぜ、その出費が必要なのか?」を説明することが、とっても難しい(面倒くさい)。
あらためて、いまレッスンにかかるコストを調べると、最大手のヤマハ大人の音楽レッスンの場合、入会金・テキスト代を別にして、月に三回のグループレッスンで、月額、約8,000円弱。半年で48,000、一年にすると80,000円ちかい金額になってしまう。
毎年、80,000円を給料以外で稼いだり、節約するのは現実的には難しいことだ。
また、どうしても80,000円あったらできる、旅行や電化製品の買い換えなど、他の使途を考えてしまい、決断することができなかった。
それでも独学でピアノを始める
ピアノを弾くことに、ある種の憧れ(あこがれ)を抱いていた私は、やっぱり、諦められずにいた。
ネットでピアノ教室のや弾き方を調べていくうちに、30日でマスターするピアノ教本&DVDが目に留まった。
大げさにいうとすれば、運命の出会いだろう(笑)。
しかし、少なくとも、私のその後の生活を変えてくれたことは間違いがないと言い切ることができる。
家人には内緒で購入
今後の教育資金など、不安要素はどこにでもある。先にも書いたが、我が家もけっして例外ではなくて、自分自身のために、なにかを購入するには相応の理由が欲しかった。
そして、家人を説得するため、あれこれ理由をひねり出そうと、もがき苦しんだ。
- ピアノが弾けるようになったとしても、給与があがるわけではない。
- そのお金が、投資のように、何年かあとに、倍になって返ってくるわけでもない。
- 今後、私のピアノ演奏で、家庭の雰囲気がよくなることも望めない。
さんざん考えを巡らした末に、結局、ひっそり内緒で購入することを決断した。
安い金額とはいえないが、家人を説得してレッスンに通うことに比べれば、何倍も気が楽だった。
今となっては、笑って許してくれそうだが、届いたDVDや楽譜などの教材は、友人から譲り受けたと説明することに決めていた。
当時、教材が届いてすぐに私がしたことは、楽譜に折り目をつけたり、DVDのパッケージをカーペットに擦り付けたりして、相応の使用感を出すことだった。
そして、何度も、教材に対する質問をされた場合を想定して、受け答えのシュミレーションを繰り返した。
しかし、ついに家内から質問されるシチュエーションは訪れなかった。
私が、娘に尋ねられて「友達にもらった」と答えたことが、家内に伝わった様子で、あっさりスルーされたのだった(笑)。
独学に対する不安!? 本当に続くのか?
もともと、(遅いけど・・)走ることが趣味で、マラソンやトレランのレースに出場していた。だから、コツコツと長く続けることには慣れていたのだと思う。
続けていくコツを、ランニングで言うとすれば、とにかく走り始めること。
寒かったり、暑かったり、その日によって、走らない理由はいくつも頭をよぎることが多い。しかし、いざ走り始めれば、走る喜びがまさることを、実感として知ることができていた。
深夜のピアノ練習
我が家のピアノが電子ピアノということもあり、早朝、深夜などの家人が寝静まっている時間であれば自由に練習することができる。
いつもリビングにピアノが居てくれる気軽さが嬉しかった。
夜遅くに帰宅して、風呂と食事を済ませれば、自分の時間だ。リビングを歩いていってヘッドフォンをすれば自分だけの世界に没入することができる。
どんなに近くのピアノ教室であっても、これほど気楽にピアノレッスンに行くことはできないだろう。
決して長い時間、練習をすることもなかった。しかし、毎日のように、ちょこちょことピアノに触っていたことが上達につながっていったのだと思う。
音楽理論は必要なかった!
もうひとつ心配をしていた楽譜が読めないことも、練習するうえでは(ほとんど)必要なかった。
ピアノやギターなど、特定の楽器を演奏できない人でも、口笛をふいたり、歌をうたえる人は多いだろう。
口笛で新しい曲をおぼえるために、楽譜を買い求める人はいない。
人間には、耳で聴いた音を再現できる能力が備わっているのだと、あらためて知ることができた。
ただ、どうしたら、その音を出すことができるのかを知らないだけだ。
口笛だったら、口の形や、そこを通る息の量を、繰り返しコントロール・練習する。そのうちにメロディーがわかるだけで、口笛が吹けるようになってしまう。
私が独学でピアノをマスターした練習方法は、教材となるDVDを観ることから始める。
「観る」 → 「聴く」 → 「弾く」
これを繰り返す、反復練習だ。とってもシンプルだけれど、最強の練習方法だと思っている。
独学でピアノをマスターした教材
ピアノ演奏、今後の課題
冒頭に披露した「人前で初めてピアノ演奏」をしたエピソードは、ハーフマラソンを一緒に走った、打ち上げの様子。
パーティーとは、よべないほどの小さな集まりだが、仲間が経営する、創作居酒屋で定期的に行なわれている。
お酒が入っていたことや、ハーフマラソンを完走した適度な疲労感も助けて、当日はノリで一曲演奏することになった。
いま思い返すと、不思議と緊張感はなく、弾いた私にしか分からないミスタッチが一箇所だけという、最初にしては出来すぎたピアノ演奏デビュー。
しかし、いかんせんレパートリーが少ない。
今後、打ち上げのたびに「また、ピアノを・・・」といわれると、嬉しい反面、正直いって困ってしまう。
みんなに知られている、弾きやすい曲のレパートリーを増やすことが、私の直近の課題となっています。